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岩出山伊達家

伊達政宗と岩出山

伊達政宗は永禄10(1567)年に米沢城で生まれ、天正19(1591)年に豊臣秀吉の奥州再仕置により米沢から岩手沢(岩出山)に本拠を移すことになり、秀吉の命により東北に来ていた徳川家康によって修復された岩手沢城を政宗が居城としました。政宗は岩手沢に入るとこの地を「岩出山」と改め、仙台城に移る慶長8(1603)年までの12年間本拠としました。この時期は、朝鮮出兵や京都での暮らしが長く岩出山で政務を行ったのはわずかな期間でしたが、その後の仙台藩へと続く基礎固めがされた時期でもありました。

関ヶ原の戦いの後、家康より新たな領地を与えられ仙台に城を築き、岩出山城は四男宗泰(家格一門、知行高1万4600石余)に与えられ岩出山伊達家が誕生しました。

岩出山伊達家歴代当主

初代宗泰
(1601年〜1638年)
京都伏見で生まれ、岩出山城主となる。
二代宗敏
(1625年~1678年)
隠居所(現在の旧有備館および庭園)を建てる。
三代宗親
(1651年〜1721年)
冷泉家より夫人を迎える
四代村泰
(1682年~1731年
冷泉家より夫人を迎える。庭園の整備を行う。
五代村緝
(1707年~1736年)
宝蔵院流十文字槍を村泰から伝授される。
六代村通
(1727年~1783年)
七代村則
(1765年~1801年)
冷泉流歌道入門を許可される。
八代宗秩
(1783年~1846年)
有備館を隠居所として使用する。
九代義監
(1808年~1846年)
三方領地替の令により押し寄せた庄内藩の農民を説得する。
十代邦直
(1834年~1891年)
明治維新後、北海道(現石狩郡当別町)へ移住する。

岩出山伊達家の家紋

  • 家紋(竹に雀)

    竹に雀

  • 家紋(三引両)

    三引両

  • 家紋(九曜紋)

    九曜紋

  • 家紋(角切雪薄)

    角切雪薄

竹に雀、三引両、九曜紋は初代宗泰が仙台藩祖政宗より拝領

角切雪薄は四代村泰が仙台藩五代藩主吉村より拝領